屋久島の洗礼を受けてきました

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yakushima_jyoumonsugi

 

屋久島の豪雨被害…孤立した方全員
無事に下山できて本当に良かったです。

 

実はちょっと前まで、屋久島の森を訪れていて
土砂崩れが起きる前日の最終便で
東京に戻ってきました。

 

 

jyoumonsugi_thuribashi

(ニュースで映像が流れていた橋も、のどか)

yakushima_thuribashi

(橋からの眺めも、2日前は穏やかでした…)

 

 

つい2日前にトレッキングで通った道が、ニュース
で全く違う光景になっていることに衝撃を受け…

ちょっとタイミングがずれていたらあの場に遭遇し
ていたかもしれないと思うと、他人事とは思えず、

道中一緒になった方も次の日まで残ると話していた
方がほとんどだったので、雨雲が通り過ぎるまで
内心ドキドキでした。

 

滞在している間にも、雨によって増水している
滝の迫力に圧倒されたのですが、改めて桁違いの
自然の脅威を感じています。

 

yakushima_zousui_river

(同じ場所でも行きと帰り、ほんの数時間でこの変化)

kusugawa_beforeafter

 

一方、インタビューで
「ガイドさんの連係プレーで助かった。」「不安が
解消された。」とお話しされている方もいましたが、

私が登山をした際も、屋久島のガイドさんは本当に
親切で、所属会社が違っても密に連絡を取りあって
いる姿が印象的でした。

 

 

縄文杉へ向かう途中、同じグループでトレッキング
をしていた方が、運悪く怪我をされてしまったので
すが、

その際も無線で情報を共有し合い、
他のグループに合流させていただいたり、

全く別会社でもすれ違うたびに気にかけていただい
て、終始とてもお世話になりました。

 

jyoumonsugi_trekking

(道は険しいのでガイドさんがいると安心)

 

この時も、怪我をされた方は何度も縄文杉トレッキ
ングを経験されている方でしたし、自分の身にも起
きていたかもしれないと思うと、

 

どんなに注意をしていても、誰にも非は無くても、
何が起こるかわからないというか…

普段から何気なく、ありもしない100%を過信して
いる部分も多いなぁと、しみじみ気付くきっかけに
なりました。

 

 

だからこそ、完全のない色んな巡り会わせのなかで

印象的な景色がみれた時、穏やかな瞬間や
偶然の産物、それらを叶えてくれる出会いには改め
めて感謝が増していきます。

(私自身、もののけにとらわれていた(?)時代は
それらに目を向けられる精神状態でも、身体でもな
かったわけですが…)

 

yakushima_shigarami

 

ありがとうの語源は、仏教のお話に出てくる

「有難い」=「有ることが難しい」

からきているそうですが、

 

すべてが当たり前に思い通りになってしまったら、
それこそ自然相手にも人間は傲慢になって、感謝の
気持ちすら知らない生物になっていたのかも(?)
なんて思ったり…。

 

全てが思うようにはいかないからこそ、
また滅多になかったりする方が、確かにありがたみ
を感じられますよね。

 

 

そして、意図してつくりあげられるものではない分
多少のリスクを冒してでも
その場所にしかない自然に、人は惹きつけられてし
まうのかもしれませんね。

 

yakusugi_komorebi

 

今回の土砂崩れも大規模なものだったので、
今後のためもあり、責任問題を問う声や賛否両論あ
るのは仕方のないことなのかもしれません。

 

ただ、お世話になったガイドの皆さんは
安全を一番に考えてくださっていたと、身をもって
実感していますし、

綺麗ごとかもしれませんが、あの激しい天候のなか
滞在中とても良くしてくださった屋久島の方々が
とにかく無事でよかったと、その一言に尽きます。

 

これから今後の対策や道の復旧作業など、色々と大
変だと思いますが、陰ながら応援しています。

 

gajyumaru_yakushima

(民家のある道にも、立派なガジュマルのトンネル
島全体が自然遺産の屋久島ならでは。。)

 

 

…と、訪れた矢先で色々と思い入れがあったので、
ものすごく個人的な思いばかりを書いてしまいまし
たが、

屋久島については、まだまだ知らないことばかり。。

 

 

そんなほんの一部しか知らない(もはやまだ知って
いるとも言えないレベル)ですが、

リピーターさんや移住する方が多いことには心から
納得の、海も森も澄んだ壮厳な大自然でした。

 

himesyara_yakushima

 

本物を目の当たりにしてしまうと、自分が普段
いかに平面的な狭い世界で、ものをみていたか、

嘘か本当か、自分の目で確かめたこともないような
ことに影響を受けていたかがよく分かりますね
(笑)

 

今までも写真や映像で見て、素晴らしいんだろうな
と想像はしていたのですが、

やはり雨に打たれて、自らの足で大地を踏んで
潤ったコケ越しの空気の中でしか味わえない感動が
あります。

 

yakushima_koke

 

今回の大雨で景色が大きく変わってしまった場所も
あるかもしれませんが、
先日トレッキングをした際にも、大規模な台風で折
れてしまった木や、雷が落ちて黒焦げになっている
大木を見かけました。

 

 

こういった厳しい環境の中を1000年以上も生き抜い
てきた屋久杉、樹齢7200年とも言われる縄文杉は

たった数十年でひよっている私が言うのもおこがま
しい、言葉で言い表せない生命力を感じます。

 

(屋久島の杉の木は、900年生きても
“小杉(こすぎ)”と呼ばれ、1000年を越えなけれ
ば一人前の屋久杉として認めてもらえないのだそ
う。。。)

 

yakushima_dosyakuzure

(これも土砂崩れか何かで転がってきた岩らしく
目の前に突然どんぶらこしてきたらびっくりです..)

 

 

 

ありきたりな感想ですが、、

 

屋久島の厳かな景色を前にすると、いかに自分が小
さく、無力で汚れているかを思い知らされながらも、

時折降りしきる雨が、おおらかな優しさでさりげな
く膿を水に流してくれるのか(?)、島を出る頃に
は色々吹っ切れて清々しい気持ちになっていました。

 

jyoumonsugi_medusa

 

元々足元にも及ばないことを承知の上でも、

かなわない…!

と肌や全身全霊で降参(?)する体験は

 

変なプライドや意地、しがみついていたものを
無理やりじゃなくても、ふっと自然に手放せるよう
な気がします。。

(そしてまた懲りずに溜めて、流して、の繰り返し
・・・なんでしょうかね・・・(笑))

 

 

 

mononokehime_mori_yakushima

 

突然ですが、スペインの画家【サルバドールダリ】
がこんな名言を残しています。

 

“我々は決して悪を選ぶことが出来ない。
我々が選ぶのは常に善である。”

 

 

一見したら悪いことのように思えることも、
違う角度から見れば良いことだったと気付いたり..

 

木を見て森を見ず、でもないですが

強く見えるものや固執したものに惑わされて、
陰に隠れてしまっている別の真実は沢山あるんだろ
うなと、個性あふれる植物達を目にして思いました。

 

yakushima_koke_shizuku

 

人のあいだでも、当の本人は自分の悪いところばか
りに目を向けているけれど、

まわりの人の方が全体を見て、その魅力に気付いて
いる。。。なんてこともあるあるですよね(笑)

 

 

ダリもああ言っていますし、
もしそれでも邪な心に振り回されてしまうなら

(よこしまなこころ・・・
前にもどこかで見た響き(笑)  )

それこそ、物の怪(?)の仕業かもしれません。

 

 

そんな時は、邪念の無い、透き通った自然の中に
しばらく身を置いてみると、ふと気付く頃には
執着も離れているのではないでしょうか。

 

 

mononokenomori_kodama

 

ジブリの映画『もののけ姫』も
どの立場からものを見るかで、価値観が全く変わっ
て受け取れますよね。。

 

なんだか『もののけ姫』、
改めてじっくり観たくなりました。。。