栄養も睡眠も…「モノ」は足りているのに満たされない訳

連日、新型コロナウィルスの影響で街中の様子も
大きく変わってきましたね。

なかなか安心できない状況が続いていますが、
そういった無意識下での慢性的な緊張状態が続くと
知らず知らずのうちに、心身には疲労が蓄積されます。

本来ならばこういった時こそ、心身の緊張を和らげ
る適度な運動やヨガの出番ですが、私が所属してい
るスタジオもこの現状から、あいにく休業中。。。


長い緊迫した環境の中で疲れを起こさないよう、

ぜひリラックスする時間や身体を動かす時間、
一時的にでも無心になり、精神的な圧迫から解放さ
れる時間をとり、体調にはくれぐれもご留意ください。

※花粉症でツラい方は、こちらの記事もご参考に

→ 花粉症の緩和に効くヨガとオイル

※この時期、ジムやスタジオじゃないと運動のモチ
ベーションが上がらない…、インストラクターと対
話しながらヨガやトレーニング指導を受けたい場合
は、オンラインレッスンという手段もあります。

→ オンラインヨガ について

前回の記事で、十分な栄養睡眠の他、“太陽光
なども不足すると心身に影響を与えることを書きま
したが(前記事 ウィンターブルーの対処法

人が心身共に健やかな状態で生きられるためには、
物や数値では管理、補うことのできない必要不可欠
な要素が数々あります。

なかでも、行動や思考パターンに大きな影響を与え
るのが

『心』の要素 です。

先日も新型肺炎の影響で、クルーズ船内での停泊を
余儀なくされた方が大勢いらっしゃいましたが、

“ウイルス感染以前に、狭い部屋の中で1日過ごす
生活を続けること自体が大きな健康リスクになる”

と見解を示していた専門医の方もいました。

eatingdisorder

ただならぬ雰囲気の中で、日々不自由な生活を強い
られるのは、外から見ている身からは計り知れない
ストレスだったと思いますが、

そういった生活を続ければ、健康な方でも気が滅入
り、うつ状態になってもおかしくはないと理解できます。

状況も全く違い、私の場合は完全自業自得でしたが
…今回のコロナ禍で停泊しているクルーズ船の報道を見て、

窓のない病院の隔離室で、鍵のかかった鉄の扉の中
何もない部屋にひとつ置かれたベッドに、ベルトで
固定されていた頃を、ふと思い出しました。

当時、“生命の維持”において、点滴で生きる栄養は
与えられ、薬で深い眠りも得られ、命を脅かすもの
とは一切関わりを断ち、身の安全を確保されていました。

にも関わらず、日に日に

こんな風に生きていて何になるんだろう。。。と

生きるどころか生きる気力が失われていくばかり…

当時は外からの情報や刺激は一切シャットアウトさ
れていたので、部屋の外との接点は様子を見に来る
看護師さんのみでしたが

頑張りましょうね!
つらいかもしれないけど、生きていればきっと良い
ことありますからねー。

と言われても、

偽の笑顔を返すのが精一杯で、

内心「こんな状態で、そんな風に思える人なんて
いるんだろうか…。」

と索然とした思いでいっぱいでした。

実際、隣室では何度も騒動が起きていて、


((そうなりますよね・・・))と内心、共感しながら

((最近、夜に泣き叫んでいた女の人かな…、
それともガタガタ暴れていた男の人だろうか…))

ベッドに固定されたままドアの覗き窓からぼんやり
見えた生きることに耐えきれなくなった誰か”が慌
ただしく運び出されていった光景を覚えています。

こんな時にダークな内容ですが…


そんな体験から

いくら健康な身体があって、まわりからどんなに前
向きな言葉をかけられたとしても、

当事者の心の状次第で、それらも全く意味をなさ
なくなってしまうことを、身を持って学びました。

正しい事実や、優しい思いやり愛ある言葉


本人が受け取れる状態でなければ、全く響かない

まさにいくら“大丈夫”と根拠を示して説明されても

「でも…。いや、でも…、不安だから…」

と強い囚われから、どんな言葉をかけようと心持ち
が変わることはなく、頑なに買い占めやデマに惑わ
されることをやめられない方と同じように…

当時の“死にたくて仕方がない気持ち”に支配されて
いた私は、どんな正論も歪めてしまい、真実を冷静
に受け入れることができなかったんです。。

例えそこまで極端じゃなかったとしても、
健康な体や物質的なものに満たされているのに、


“精神” に関わる部分で満たされないものがあると

手っ取り早く満足を得られる“物欲を満たすこと”や
サプリメント等、何かの「成分」で不足感を埋めた
気になったり、強迫行動でどうにか安心を得ようと
する、依存的に満たされない思いを埋めようとする、など…

そんな代替行為に置き換えて不安ストレスを解消
しようとした経験は、多かれ少なかれ誰にでもある
のではないでしょうか。。

(ここ最近は、なかなか手放しに安心することもで
きない状況なので、つい他の手段で不安を埋めよう
とするのも、無理はないと理解できます。)

yoganidra-depression-mentallyill-inteviam

たまの気晴らしに、買い物でのストレス発散や憂さ
晴らしにやけ食い、鬼掃除(テスト前など追い詰め
られている時ほどついしたくなる笑)などをして(?)

「あぁ…スッキリした…!

けど、これも一時の現実逃避…。
また気持ちを切り替えて頑張ろう」

とすぐに前向きになれたり、その手段自体が生きが
いや、生きる目的である分には問題ないのですが、

“根本的な心の問題”を解決していない自覚がなく
ひたすら気晴らしに執着し、過度に繰り返したり…

問題をすり替えてその代替行為自体に罪悪感を持ち
自らの行動を過剰に責め、本題から逸れるような
新たな悩みや、問題を生みだしてしまうこと、、、

それらによって次第に前に踏み出せなくなることや
依存症などに苦しむことになっては、負のループか
らなかなか抜け出せなくなってしまいます。。

ちなみに私は、根本の“生きづらさ”の問題を、
徐々に摂食障害にすりかえることで、しばらくの間

自分一人ではどうすることもできない人間関係や思
い通りにいかない現実に対し、拒食や運動強迫で
身体を思い通りに支配して、コントロール欲求を満
たしたつもりになったり、

いつまでも満たされない空虚な気持ちを埋めるよう
に過食したり、

言葉にできない、吐き出せない気持ちを嘔吐に置き
換えて、スッキリと外に出したように錯覚したりし
ていました。。

それらの代替行為に没頭している瞬間は、
生きづらさ”から解放され、実質的に死ななくても
苦しみから逃れることができていたんですよね。。

私も決して清く正しい人間でもなんでもないのです
が、そんな負のループを繰り返していた頑なな過去よりは、

自分以外の誰かの言葉の真意を冷静に読み解いてみ
ようと、少しずつ視点が変わった実感はあります。

それも結局は自分なりの解釈で、確証はありませんが、
できるだけ固定観念から離れ、

「自分だったらこう思う。こう考えるはず。」

という “自分視点ではない” 、“相手側独自の”
思考に思いを馳せる試みで、結果的に満たされない
感覚が無くなっていきました。

(単純に、意識が自分(内)から、人(外)に向か
ことで楽になるからかもしれません…(※))

(※)関連記事:

自分が嫌で嫌でたまらなくしんどい時…ハマりがちな落とし穴

押しつぶされそうな時や出口が見えない時の「力学」

自分をこの世に存在しなかったことにする方法

別に共感は出来なくても、

「きっと○○という考えで、この人はこういう風に
言っているんだろうな」とか「○○を良しとして、
○○してるんだろうな。。」と

誰かの言葉や行動を、善悪は別にして
客観的に想像してみると、

相手の言動に感情的に反応して振り回されなくなっ
たり、それまで分からなかった感情や思考回路を知
ることができ、見えていなかった自身の問題の解決
のヒントに気付けたりもします。

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

なので、本でも会話でも、作品でも。。。


他の人の考えに触れられる機会、環境は、

“生きられる”ようになるために、必要不可欠です。

かつての拘束下のように、一人で壁を眺めていては
恐らく永遠に“生きる気力”は湧いてこなかったと思うのです。。

人との距離感・バランスが難しい時期ですが、
せめて“意識”は閉じ込めず、独りよがりにならず…
旅をさせ続けていきたいですね。

関連記事:

※未知なものには“分からない”からこそ恐怖心が
生まれやすいですが…

恐れや不安は、自分の内側で作り出している幻想
だと理解しておくと、それ以上に大きくはならず
心が落ち着き、過剰な不安やデマに惑わされずに
済むかもしれません。。

(最低限の危機感と慎重さも大切ですが)

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