【繊細さんの知恵袋】敏感すぎて生きづらい…HSPとは?4つの特徴と受け過ぎる力をコントロールする方法

HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)専門
カウンセラーの武田友紀さんの著書
繊細さんの知恵袋」が先月末に発行されました。

この本は繊細さん(※HSP)138人の知恵や体験談が
集められている本なのですが、実は私も参加しています◎

↑可愛いお手紙と一緒に完成した本が届きました◎

仕事、人間関係の悩みがスーッと軽くなる!
「繊細さん」の知恵袋
武田 友紀

情報や刺激が多く、行き交うスピードも速い今、
無防備な状態で刺激や変化を敏感に感じ取り、HSP
の人が疲れてしまうのも無理はないのかもしれません。

でもそこで、こういう性質だから仕方がないとあき
らめるのではなく、“無理なく特性を生かした前向
きな道を選んでいける”ように。。。

この本は武田さんをはじめ様々な立場の繊細さんに
よる沢山のアイディアの中から、きっと自分の生活
に活かせるヒントを得て、HSPの方の感じる力の
コントロールに役立つと思います。

場面・シーン別になっていて、ちょっぴりお疲れ
気味の時でも、気軽に読みやすいですよ◎

<目次>

HSP(とても敏感な人)とは?

HSPは「Highly Sensitive Person:ハイリー・セン
シティブ・パーソン」の略で、心理学者のエレイン
アーロン博士によって提唱された、非常に繊細な
気質・特性を持つ人を指します。

ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。
エレイン.N.アーロン

診断テストはより詳細なものですが、大きな指標と
してアーロン博士は、HSPは以下の“4つの性質”
DOES(ダズ)という頭文字で表される属性)
全てに当てはまると定義しています。

(※ひとつでも当てはまらないものがあれば、
HSPではないとも言えます。)

Depth of processing
(処理の深さ)

深く考え、深く掘り下げて処理する
ひとつのことから派生して多くを想像し、考える
物事をとことん追究する傾向がある
相手の何気ない言葉や仕草に思いを巡らせる

Overstimulated
(刺激を受けやすい)

五感・感覚的に敏感で、刺激を受けやすい
騒がしい場所や人混みに行くとどっと疲れてしまう
多くの刺激や情報の処理にあたり、一人でホッとする時間が必要

Emotional reactivity and high Empathy
(感情的反応性・高度な共感性)

神経細胞「ミラーニューロン」の働きが活発で、
共感力が高く、感情の反応が強い。しばしば他者の
問題を自身の問題として同一化したり、まわりの人
の感情の起伏に影響を受けやすい。

Sensitivity to Subtle stimuli
(些細な刺激に対する感受性)

些細な存在や細かい変化、わずかな意図を察知する
カフェインや添加物、衣服の刺激などに反応が出やすい

※エレイン・アーロンさんのサイトには、
HSPに関する記事や、HSPHSC(Highly Sensitive Child)・HSS(High Sensation Seeking)の
セルフ診断テストもあります。

HSPの人は、生まれつき脳の扁桃体の働きが強いこ
とが分かっており、その感受性の高さから、音や光
、においや肌触りなどの刺激、周囲の気配や感情の
変化などに敏感な傾向にあります。

繊細な特性を上手に生かせると良いのですが、その
気質がマイナスに作用してしまうと、過度にストレ
スを感じやすく、生きづらさを覚える事も少なくありません。

また、様々な要因から後天的・一時的に神経が過敏
な状態になることと混同されやすいのですが、
HSPは精神疾患とも違い、治療する必要もない、
あくまで「生まれつき」のひとつの個性としての
傾向、特性です。

(HSPの性質を持つ人は人口の約20%、おおよそ
5人に1人の割合で存在すると言われています。)

HSPの自覚

私が最初にHSPの概念を知ったのは、イルセ・サン
さんの著書「鈍感な世界に生きる 敏感な人たち」
を読んだことからです。

鈍感な世界に生きる 敏感な人たち
イルセ・サン

既に鬱病からも回復し、無理のない生き方を模索し
始めていた頃にこの本に出会い、

自分が子どもの頃から抱えていた生きづらさは、
後天的な環境や出来事、心の病などの影響によるも
のだけではなかったこと、生まれながらにHSPの
気質を持っていたことを自覚しました。

そして初めてこの一節を読んだ時、いつも胸につっ
かえるように、漠然と抱いていたわだかまりの正体
が分かり、安堵の涙と共に流れていく感覚がありました。

(以下、書籍より一部抜粋)

 敏感な人の多くは、自己評価が低いのです。


HSPの人たちは、自分とはまったく
異なるタイプの行動が評価される
文化で生きてきました。


HSPのなかには、ほかの人たちから期待される通りの元気なキャラクタ
ーでいようと苦心し続け、本来のマイペースでおとなしい自分の性格を
受け入れられたのは、年金生活に入ってから、などという人もいます。



 子どもの頃、心配ばかりするのはやめて、もう少しタフになって、
ほかの多くの人と同じものを好きになれるよう言われたことはありませんか。


だとしたらありのままの自分とは違う人間になるように押し付けられて
きたのですから、敏感な心を持つ人が自分のことをなかなか愛せないの
も無理はありません。


ひょっとして、ほかの人の期待に応えるために、自分を180度変えよう
としてはいないでしょうか。
もしそうなら、あなたはありのままの自分に価値を見いだせるように
なる必要があります。



イルセ・サン 「鈍感な世界に生きる 敏感な人たち」10頁より

子ども時代、静かに黙々と何かに没頭して過ごすの
が好きだった方にはあるあるかもしれませんが、
体調が悪いわけでもなく、普通にしているだけで


「こんなで…この子大丈夫?」
「いつまでやっているの?(考えているの?)」
「具合でも悪い?」と心配されたり

「ほらほら、もっと元気出しな!」とあいさつの
ごとく言われてしまうんですよね(笑)

成長するにつれ、いつの頃からか、犯罪を犯すよう
なこともしていないのに、どうして堂々といられな
いんだろう…

なんでこんなにいつもいつも、自分の存在を恥じて
ビクビクしたり、顔色を伺ってしまうんだろう…と

正体不明のわだかまりは大きくなり、どうしてそん
な風になってしまったのか、当時、長年の悩みの種
もよく分からずにいました。

振り返ってみれば、子どもの頃から努力が認められ
なかったわけでも、否定され続けたわけでもなく、

どちらかというとその自尊心の低さをカバーするよ
うに褒めてもらえるよう努力して、それが報われる
ことも多かったのですが、

「でも、こんなことができるのに、どうして..」

「○○はもう十分だから、もっと堂々と活発に..」

「なんでこんな複雑なことができるのに、、
他の子が何の気なしに簡単にやっていることが
できないんだろうね。」

「そんなとこまで誰も気にしないって!(笑)
それよりもっとさ…」

と、イルセ・サンさんの言葉にあったように、常に
社交性やタフさ、逞しさや快活さにおいて人間的に
“欠けている”
ことを言われるのがセットで、
いつまでも“完全体”として完結する結果を得ること
が出来ませんでした。

明るく活発で身のこなしがはやく、小さなことや
まわりに影響されずに自己を表現する自信に満ちた姿―。

それが社会から求められる「良い」理想的な姿であ
ることは“当たり前の世間一般の常識・普通のこと
”として、私自身も疑問を持たず、無意識にそう思
い込んでいました。

なので、そんな世間に求められる姿(←と勝手に思
い込んでいる)から、自らがかけ離れていると自覚するたびに

「こんな弱い性格じゃ生きていけないんじゃないか…」

と自信を失っていき、

「社会的に人として受け入れられる」には、無理を
して取り繕わなければなければならない条件が付きもので、

本来の静かに過ごす時間を好み、細かなことにこだ
わりながら、ゆっくり時間をかけて深く考える自然
体の姿でいることは「甘え」として、そこに落ち着
いてはいけないと考えていました。

HSPの生きる道

「そんなんじゃ生きていけないよ。」

気にしすぎる性質からそう言われ、また性質上、
その言葉を深く受け止めてしまい、自信を失った
経験のある方も多いのではないでしょうか。

ですが、冒頭で5人に1人の割合でいることを書いた
ように、HSPの気質を持ちながら、社会で自分に適
した形を見つけて豊かに生活している方はたくさんいます。

※本の著者である、武田さん、エレイン・アーロン
博士、イルセ・サンさんも皆、自身もHSPです。

私も0か100かの極端な思考の頃は、100に近い力で
性質を偽り我慢し、ダウンして0に・・・→回復したら
また一気に限界までエネルギーを使い切って→自滅
する…を繰り返してしまっていたのですが(笑)

ほんの少しの工夫で、刺激を和らげるクッションや
0と100の間の段階をつくれることを学びながら、
ようやく少しずつ、大きな反動の起きない働き方や
力量に合った人付き合いのバランスが掴めてきました。

20代前半、気にしすぎる自分が嫌で嫌で仕方がなく
「変わりたい。」「変えなきゃ。」ともがいていた
中で、恩師の先生から

「いくら本人から変わりたいと言われても、治療者
は本質を見て、あえて変えようとしないこともある。
変えずに残して置いた方が、本人の幸せのためにな
るからや。
別にみんながみんな変わらなくても、問題が問題じ
ゃなくなることはいっぱいあるんやで、分かるか?」

と言われ、当時は「・・・?」だった言葉の意味が、

HSPであることを認め、その性質自体を変えようと
するのではなく、力の使い方に目を向けてみるよう
になってから、こういうことだったのかなと少し
理解できたような気がしました。

このコロナ禍で、HSPでもそうではなくても、
これまでの生活で何が大きな負担となっていたのか
反対に本当に求めていたものは何だったのかを、
考えさせられる機会や、ふと実感することも多かっ
たのではないかと思いますが、

そんな風に少し環境や見方が変わることで、普段
「当然で仕方がない」「こういうものだから」とい
う思い込みに隠れてなかなか気付きにくいポイント
に、問題が問題じゃなくなるヒントが隠れているの
かなと感じます。

自分主体の「当たり前」を一旦離れて、まわりを見
渡してみると、長時間集団で話し合うのに疲れてし
まう方もいれば、それは全く苦にならないけれど、
ずっと一人黙々と作業するのには耐えられない、と
いう方もいるように、やはりそれぞれに得意不得意
があって、個々の特性に合った適材適所の要素を考
えるのは大切なことですよね。

「ヨガインストラクター」という1つの業種内でも
「OPEN MIND!」を掲げ、SNSやイベント・パー
ティに力を入れ、交流に重きを置いたスタジオや
先生もいれば、

装飾もない殺風景な壁の、やや薄暗い部屋の中で、
静かに淡々と日々の練習を重ねることを大切にして
いる所もあります。

それぞれに良さを感じ、好きな人が集まるので、
どちらが良い・悪いはなく、やはり自分に合った
環境を選ぶ・もしくはつくっていく
ことが大切で、

(あえて己を鍛えるために、快適さから離れた環境
に身を置く人もいますが…性質に対しての負担が大
きすぎて、神経が擦り切れてしまっては本末転倒です..)

またそのために、どんな分野においても1ヵ所だけ
見て「こういうものだ」と決めつけたり、あきらめ
るのではなく、色々と広く見渡してみるのが結果的
に近道になるのかもしれません。

(まわりに理解を求めるのも、上手くいく場合と
いかない場合があるため、まずはできる範囲で身の
置く場を選んだり、関わり方を工夫する方が確実に
成果を得られるように感じます。)

一人一人自分のペースで練習するアシュタンガヨガのマイソールクラスはHSPに向いているのかも

このブログも、気にしない方にとっては気にも留め
ないような(笑)細かいことを書いているのですが
メールで「詳しくて参考になりました!」といった
ご感想を頂けると、

小さなことだけど真剣に悩んだり、考えてみて良か
ったなと、マイナスに捉えてばかりいた気にしいな
性質も、誰かの役に立てたのかと思うと嬉しく、
前向きに考えられる日もあります。

冒頭で紹介した武田さんも新刊の中で書いています
が、ほんのちょっとしたコツや工夫を知るだけで、
繊細さんが上手に乗り切れること、もっと楽に生き
られる方法はたくさんあります◎

日本でHSPの概念が知られるようになってきたのも
ここ数年のことですが、ありがたいことに多様性を
認める時代に変わりつつあり、HSPの認知度も少し
ずつ向上し、本も沢山出ているのでそれらも参考にしながら。。。

受ける力と使う力を上手にコントロールして、穏や
かに特性を活かす道を見つけていきたいですね◎