天国へ旅立った人の気持ちは…

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死後に変わる故人の表情

 

札幌にて身内のお通夜・葬儀に参列してきました。

 

ヨガのレッスンを急遽お休みさせて頂き、
ご迷惑をおかけしてしまいましたが、ご協力頂いた
皆さまに心から感謝します。

 

 

生前は遠く離れていたこともあり、なかなか頻繁に
会うことも出来なかったのですが、
おかげで最期に、何度も変わりゆく顔と対面しなが
ら、悔いを残さず見送ることができました。

 

 

悲しみに明け暮れる方も目にしてきたので、子ども
のころから本音を言わずに過ごしてきましたが、

私は死後の世界に対し、肉体から解放されて自由に
なれる、どちらかというとプラスのイメージを持っ
ていました。

 

だからなのかもしれませんが、
今回も駆けつけた時、故人はとても綺麗な顔で眠っ
ているように見えて、

幸せそうだな…

とあこがれさえ感じてしまう程、悲しみの感情が
湧いてくることは不思議とありませんでした。

 

 

まだ実感が湧かないのか、、
あちらの世界で痛みや苦しみから解放され、楽しん
でるのかな、なんて勝手に想像しているからなのか
は分かりませんが、

東京に帰ってきてからも
なんだかにこにこ笑いながら、本人がそこら辺を
を飛びまわっているような気がするのです。。

 

というのもここ数日、、

誰の仕業か分からないけれど
夜中に冷蔵庫が開けっ放しになったお知らせの音で
目が覚めたり、籠に入っていたみかんが勢いよく転
がって床に落ちたり、PCの電源が勝手に入ったり…

少し不思議な現象が起きたりしており(笑)
元々とてもエネルギッシュな人だったので、
無邪気に遊んでいるのかな、なんて感じています。

(もし違ったら、結構なホラー。。。)

 

三途の川 死後の世界は素晴らしい

 

こういった死にまつわる際には、不思議で神秘的な
体験をする方も多いようですが、

今回の葬儀の最中も、
お通夜から最後の別れ花にかけて、触るとひんやり
冷たくなっていた顔の表情が、
時折「・・・あれ?」と変わることがありました。

 

 

元々感情表現が豊かな人で、
私が斎場に着く前にも、結構強い力で眉間にしわが
寄るのを、交代で何度も戻していたそうです。

 

 

そして大半は安らかに、気持ちよさそうに眠ってい
るようでしたが、最後にお花を飾っていく時には

「あ、笑ってる。。。」

と、こちらも思わず笑顔になるような
にこっとした優しい顔で微笑んでいました。

 

 

最後に一番幸せそうな顔を見て、

後になって残された人が、とやかく言うのが無意味
というか、こんなに嬉しそうな顔しているし、
これで良かったんだ、と。

 

本当はもっとこの世にいたかったのか、
向こうの世界が綺麗なところで楽しんでいるのか…

これで良かったのか悪かったのかなんて本人にしか
分からず、根拠もありませんが、思わずそんな風に
感じてしまうような出来事でした。

 

お通夜と別れ花での神秘体験

 

こんな私を含め、集まった人それぞれ色んな考えを
巡らせて、想像の解釈をしてみたり、

寂しがったり、もっとこうすれば良かったと話した
り、自分を納得させたりするけれど、

 

結局は残された人の考えに過ぎず…

 

それに答えや真実など何もなくて、
今回、私の感じていたことも、本人の気持ちは抜き
にした、ある意味自分勝手なこじつけですよね。

 

 

故人が何を思い、どう感じているか、なんて
誰にも分かりません。

 

 

実際は生きている間でも、自分のフィルター越しに
しか相手を見ることは出来ず、

目の前にいる人の考えをいかにも分かっているよう
につい過信してしまいがちだけれど、本当は、本音
本心を、分からないことの方が多いんですよね。

 

 

それまでだって、
手の届くところにいるような気がしていただけ
かもしれないのに…

 

直接確かめる術が失われてしまうと、遠くに行って
しまったかのように錯覚して、

なんとか繋ぎ止めるように、残された人は想いを
めぐらせてしまうもの、なのでしょうか。。。

 

 

それは、相手を想っているようで
残された私たちが寂しさや過去の思いに折り合いを
つけている、こちら側の心の整理・都合なのかもし
れません。

 

 

やはり、本当の真実を聞いたり、伝えられるのは
肉体のあるうちですね。

 

 

夏の終わりから何度も危ない状況だと言われながら
生命力の強さで持ち直す度に感心しつつも、痛々し
く制限が増えていく姿には複雑な思いでした。

 

逃げ腰な私はすぐに楽になりたいと考えてしまうけ
れど、本人はそんなことを考える気配は1mmも無く…

それだけこの世界への思い入れが強いんだな、
この現実の世界が豊かで、愛着があるんだなと。。
死生観についても改めて考えさせられる機会に
なりました。

 

 

 

そんな風に一生懸命に生きた人だからこそ、
一緒に過ごしたほんの一部の時間しか知らないなか
でも、お土産話は膨大で、ものすごいネタの宝庫。

 

よくあの世に唯一持っていけるものは、
富でも物でも、人でもなく“思い出話だけ”と
言いますが、到底話が尽きないであろう程に
充実した生涯に尊敬するばかりです。

 

 

東京に戻り、いつも通る道や電車に乗っていると、
当たり前ですが、世界は今まで通り
何事もなく動いているんだな…

と、普段は忘れかけていた社会全体の大きく強い
流れを感じることもあり、

ややアンバランスな日々に、正直未だ慣れません。

 

 

大きな火葬場で、同時に何部屋もで20分置きに
人が骨になっていく様子を見ても、

知らなかったところで身近な世界が大きく変わる
体験をしている場所は、こんなにあるんだと
驚きました。

でも、そこから
新しい秩序の中でも、世界は動き続けていて
個々の気持ちがいつ追い付くかはどうであれ
常にバランスは保たれているのですよね。。。

 

 

私も徐々に、この不協和な感覚を消化して、、
生前応援してもらっていたことを、再会したときに
報告できるよう、新たなバランスに身をゆだねて
前に進んでみようと思います。