我慢して生きなくても良い

辛くなった時、それは自分の我慢が足りな
いせい、自分の弱さゆえに耐える力が無い
からと感じることはありませんか。

 

私はよくそんなことを考えて、我慢できな
い自分を責めていました。

 

あの人には当たり前のようにやり過ごせる
ことなのに、自分には耐えられない。

もっと苦しい思いをしている人は沢山いる
のに、こんなことも我慢できない自分はな
んて弱いんだろう。

そんな考えが根強くあり、以前の私は死に
たいと思うのも、現実の出来事に対し、自
分が弱くて我慢する力が足りないせいだと
思っていました。

 

 

 

 

 

ですが実際は…
冷静に自分や人に対する見方を変えていく
と、そうではないことが分かりました。

思わず拍子抜けしてしまう程、自分が我慢
しなくてはと耐えてきたことは、本当は必
要のないものばかりだったのです。

 

 

うすうす感じたことはありました。
私が必死に我慢して行っていることを、他
の人は苦労せずすんなり出来ているように
見える…

 

それは実は本当にその通りで、他の人が強
く、忍耐力があるからというわけではなく、
そもそも我慢をせず、自然に行っていただ
けのことだったのです。

 

 

 

 

 

例えば、

自分にとっては人と話すことは少し無理を
して頑張らないといけない事でも、人と話
すことがひたすら楽しいと感じる人は、無
理して会話をしていません。むしろそこに
我慢が無いから、心から楽しめるのです。

 

また、なにも苦労せずに綺麗な肌や体型を
している人は、言葉通りなにも苦労してい
ません。食べることに罪悪感を感じたり、
過食衝動を抑圧しているわけでもなく、そ
の時に食べたいものを、必要な分だけ楽し
んでいるから、ストレスや反動も無く、特
別なケアや苦労する必要が無かったのです。

 

同じように、毎日を笑って楽しんでいる人
は、我慢強い人という訳ではなく、そもそ
も辛いのを我慢して生きていなかったので
す。

 

 

 

我慢は嫌な気持ちを抑えて、無理をするた
めストレスが溜まります。

そしてその先に見返りを求めてしまうと、
こんなに我慢しているのに、こんなに頑張
ったのに、と報われない気持ちが爆発して
さらに苦しくなることもあります。

まさに、こんな自分で生きていくのは耐え
られないと爆発した私でした…。

 

 

 

しかしそういった状態からでも、紆余曲折
を経て、不要な我慢を手放してみると、も
のすごく生きやすくなった、現在の生活が
あります。

 

身をもって経験して言えるのは、やはり我
慢ばかりして生きるのはとても苦しいです。

子供の頃から、誰に頼まれたわけでもなく、
本当はしなくても良い我慢を重ねていた私
ですが、当時はよく耐えれたなと感じ、後
に耐えられなくなり、生きることを投げ出
したのは、今では当然の事の様に思えます。

 

もし今、我慢して生きていることで、とて
も辛い思いをしている方がいるなら、それ
は本当に苦しい生き方だと思うのです。

 

 

 

手放していった過程はまた改めて書けたら
と思うのですが、いらない我慢をやめてい
くと、本当に自分にとって無理のない生き
方に変わっていきます。

以前は我慢をしなくては出来ないと思って
いたことが、今ではストレスなく出来てい
ることに自分でも驚くこともあります。

(人前に出ると声が震えて涙を流していた
私が、自らヨガのインストラクターとして
人前で話す仕事をするなんて、想像できな
かったです。)

 

 

実際それだけ生き方は変えられるし、我慢
は生き方に影響するものなのです。

 

次ももう少し本当は要らない我慢について、
また我慢と努力との違いについて書いてみ
ようと思います。

 

頑張る目的は何?