生きづらさのトンネルを抜けて

生き辛さのトンネルを抜けて

今、ひとり生きづらさを抱え、

これを誰かに話せば、相手に嫌な思いをさせたり、
いわゆる“メンヘラ”として疎まれるんじゃないか、
頭がおかしいと何処かに閉じ込められるんじゃないか…

その様に気持ちを押し込めれば、押し込める程苦しくなり、

このままの状態で生きるのは、もう疲れた…

もうそろそろ、限界かもしれない…

誰にも何も言わず、胸の内を知られないまま
 空気のように消え去れればいいのに…

生まれてきてしまったからにはもう叶わない
切なる夢を 密かに思い描き…、

そしてどうにか、
この弱く非道徳的で、倫理観に欠けた、
相手を失望させてしまう様な素性を隠し通して
この世から逃げきれないか
と模索しているけれど、

誰にも言える筈もないから

まわりはそんな考えを抱いているなんて思いもしない…

生き方は人それぞれで、

こんな考えの人なんているの?

理解できない…

生きたくても生きられない人だっているのに…、
 分かりたくもないくらい、不愉快…!

という意見が大半かもしれませんが、

そんな世界を認識しながら、
その大多数の人を不快にさせないようにと、
自らの思いに蓋をして、苦しい生き方に耐えている

そんな日々を過ごしている方は、どのくらいいるのでしょうか…。

先に触れたような思いを口に出してはいけない空気
は、小学生の私でも分かりました。

なので誰にも言えないけれど、
まわりに合わせてニコニコ笑っていて、
そんな素振りは見せないけれど、

潜在的に生きづらさを抱えている方は、
意外と少なくないんじゃないかとも考えています。

かく言う私も、実は小学生の頃からそんな生き辛さ
を強く感じるようになり、次第に耐えることが難し
く…、何度もこの世から消えようと試みていた人間です。

子どもの頃から、障害を持って生まれた兄弟が必死
に努力する姿を常に目の当たりにしてきて、
生きていることに喜びを感じられない自分が非常識
である自覚は、嫌と言う程ありました。

もっと過酷な環境でたくましく生きている方もいる
中で、寝食にも困らず、友達にいじめられた訳でも
なく、学校では努力した分評価され、表面上は何も
問題もないように見えていたと思います。

でもその裏で、
自分に自信が持てず、常に肩に力は入っていて、
休んだり手を抜いたらまわりが幻滅するのではない
かと、いつも必死で、苦しかったのを覚えています。

悪いことをしているつもりもないのに、
どうしてこんなに堂々と出来ないんだろう…。

あとどのくらい頑張れば、
まわりの皆のように笑って、自信を持って
楽しそうに生きられるんだろう…。

人間として欠落しているような自分が
嫌で嫌で仕方がありませんでした。

そして20歳を過ぎたある日、
自分の中でプツンと生きるエネルギーが
途切れたのを感じました。

私はみんなと違って、生きることを楽しめない。

これからどんなに頑張っても、
その先も、永遠に嫌な自分がつきまとう。

こんな弱い自分でいなくてはいけないなら、

死にたい。

騙し騙し生きていくのに限界が来たんだと思います。

それまでにも何度か死のうと試みたことはあっても
怖くて踏みとどまったのに対し、

この時は迷いがありませんでした。

自分の生きた痕跡が残るものを捨て、
全てを無かったことにする感覚で

深夜、静かに悔いもなく、自殺を図りました。

しかし

8年後の今、

笑って生きている自分がいます。

そう書くと
最初っから死ぬ気なんてなかったんじゃないか!と
思う方もいるかもしれません。

でもそれは違い、

今振り返ってみても、本気で本当に死にたかった
気持ちに嘘はありませんでした。

自死に失敗してから、処置入院した病院でも
諦めることができず、隙を見て再度と試みては、

鍵付きの部屋で手足を拘束された挙句、

行動を起こせないのならば、餓死をしようと
食事をとらなくなり、
その後長らく、摂食障害に苦しむことにもなります。

そんな調子だったので、当時は
ここまで堕ちたらもう立ち直れない、と思っていま
したし、窓もない灰色の部屋でひとり、社会に戻る
こともできないんだろうな…と考えていました。

ただ、どちらも本気で体験した気持ちです。

生きていることがとにかく苦痛で、
終わりにしたかったことも、

その後、生きていたからこそ味わえた
目の前の出来事に感動することも。

もちろん、この状態になるまでに
色々なことがありました。

でも今こうして元気になってから思うことは、

生きづらさを感じることは、今までとは違う、楽に
自分らしく生きられるようになるためのチャンス
なんじゃないか ということです。

最初はもうなにもかも嫌だ!と逃げるように
マイナス方向に突っ走ってしまったものの、

だからこそ出会えた人からの教えや、
ヨガを始めるに至ったこと、なぜ自分は辛いのか、
どうしたらこの辛さが楽に、自分に合った方法で
生きられるようになるかを、

真剣に考えるきっかけになったからです。

辛くなければそのままなんとなくやり過ごし、
自分が本当にやりたいこと、正直な気持ちには蓋を
して、、、人生を楽しむことなんて考えもしなかっ
たと思います。

ピンチはチャンス

苦しんだなら、その分、それ以上に
もっと楽しめ!

私の師匠がかけてくれた、今でも指標にしている
大切な教えです。

このブログで、少しづつ実体験を通して、
肩の力を抜き、自然体を表現できるようになるまで
本当に役立ったことを書いていこうと思います。

また色んな経験のなかで実感したのは、
ずっと昔から時代を越えて人を癒し、豊かにしてき
たヨガとアートには、やはりそれだけの力があると
いうことです。

身をもって救われたヨガとアートについて、紹介し
ていけたらと思いますが、誰かの生きやすさのヒン
トにつながるきっかけとなれば、嬉しく思います。

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