神に誓って大丈夫◎

昨日は、高校の同級生の結婚式でした。

たどたどしくも、友人代表のスピーチもさ
せて頂き、忘れられない一日になりました。

 

 

実は結婚式に出席するのは初めてだったの
ですが、思わず涙しながら感動したり、思
いっきり笑ったり、晴れ姿でキラキラ輝い
ている友人から、幸せをたくさん分けても
らい。。。こんなに素晴らしい素敵なこと
があったとは…!と感激しています。

 

 

 

苦しい時には、先の幸せなことなんて考え
られませんでしたが、今こうして友人と楽
しい時間を過ごせた時、改めて「生きてて
良かった」と心の底から思います。

 

 

もし、あの時、あのまま死んでいたら…

当時は自分のことでいっぱいで、きちんと
まわりが見えておらず、愚かにも後になっ
て、こんなに友達思いの優しい友人を悲し
ませてしまう所だったと気付きました。

 

 

一人もがいていた時、きっと迷惑になると、
自分の状態や問題を伝えることは出来ませ
んでしたが、完全に立ち直った後に友人か
ら、「本当はすごく心配していたけど、ど
うしたら良いのか分からなかった」と聞き、
友人にも辛い思いをさせてしまっていた事
に、本当に申し訳ない気持ちになったのを
覚えています。

 

 

皮肉にも、苦しみの渦中から抜けた後に気
付くのですが、自分の思っている以上に、
まわりには想ってくれている人がいます。

これはもし命を絶っていたら気付けない事
でした。

 

 

人それぞれ、人生に正解は無く、死が悪い
とも思いません。

ただ私個人の体験として、生きる選択をし
て本当に良かったと身に染みて実感してい
ます。

 

 

結婚式で舞い上がり、つい熱く書いてしま
いましたが、私には「生きる」と明確に決
めた日がありました。

 

 

 

 

 

4年前の10月に、初めて訪れた宮島で、神
様に誓ってみたのです。

 

「私はもう大丈夫です。生きます。」
そんな風に誓った記憶があります。

 

それから実際、その日を境に本当に大丈夫
な生活へと変化していきました。(この変
化の過程はまた次回に)

 

 

 

 

私は特に信仰している宗教は無く、神様に
対しても詳しくありません。

神社にもしょっちゅう行くわけではないの
ですが、この宮島での体験を機に、「神様
に誓う」ことに意味があると考えるように
なりました。

 

 

先日行った三重旅でも、伊勢神宮でお願い
事はせず、誓い、(ジェットコースターを
克服した報告と感謝もしてきました。)

 

今月10日のヨガニードラでも、≪サンカル
パ≫という自分自身への誓いのパートを取
り入れ、ご参加の皆さんには、「~なりた
い」「~しますように」という形ではなく、
「私は~する」と言い切る形で、心の中で
誓い、自分への暗示をして頂きました。

 

 

 

結婚式でも、教会式や神前式で、それぞれ
様式が違っても、どちらも神様に誓う場面
があります。

 

 

 

私はこの「誓う」ということが、自分の進
む方向への道をつくるような力を持ってい
ると考えています。

「私は○○をする」と誓うことは、自分が
そうなることを心の底から信じることと、
同じ意味だと思うのです。

 

 

例えば夫婦になることを誓う時、
この人とはやっていけない…と夫婦にな
る自信が無ければ、なかなか誓えるもので
はないですよね。。。(きっと?)

そして、現実が伴なわないと思います。

 

 

同じように、大丈夫になる現実を得たい時、
まずは「私は大丈夫」と信じて誓えなけれ
ば、なかなか難しいのではないでしょうか。

 

今はそう信じるのが難しかったら「これか
ら」を付け加えてもいいと思います。

 

 

 

無理矢理それに縛られてしまうのも良くあ
りませんが、上手く誓いを取り入れて、自
分の生き方を後押しするパワーにすると、
自分の行きたい方へ進む手助けになるかも
しれません。