変わるのを待つのか,変えるのか

これは去年の出来事ですが、インドのバラ
ナシにあるマザー・ハウス(マザーテレサ
の創設した施設)でボランティアをした帰
り道、日本の大学生と出会った時の話です。

 

彼は自分を変えたくてインドに来たとの事。

 

私も訪れたい場所や目的はいくつかありま
したが、同じように、インドでの生活を体
験して、視野を広げたいと思っていたので、
色々と話を聞いてみました。

 

「こんなキツイ環境(彼にとっては)に来
たのに、何も変わらない。」と彼は言いま
す。

 

 

 

 

私にとって、マザー・ハウスのボランティ
アは、以前から興味があり、正直そこに滞
在する患者さんの為に何かしたいというよ
り、まず自分の目で実際にその場を見て、
どんなことでもとにかく体験してみたいと
いう気持ちが強くありました。

 

実際行ってみると、スタッフの方はとても
フレンドリーで、水浸しになりながらの洗
濯や掃除は楽しく、入所している方々も、
言葉が通じなくても、とても温かく受け容
れてくれました。

 

日本人が物珍しいようで、最終的にはマッ
サージや髪をとかしたり、爪を切って欲し
いと囲まれる事態に(笑)

 

ほんとに些細なことしか出来なかったので
すが、ものすごく綺麗な笑顔で喜んでくれ
るその純粋さにハッとして、逆に私の方が
元気づけられた印象的な体験でした。

 

 

 

マザー・ハウスのことを聞かれ、そんな風
に話すと、彼にこんな質問をされました。

「それ…やったら、何か変わります?」

 

「……..。」

「…うーん、私にとっては…収穫ありま
したけど…変わるかどうかは、人それぞ
れ…なんですかね…?」

 

「変われないんだったら、やる気しないっ
すよねぇ…。」

 

「…..(笑)。」

 

当時はそんな曖昧な返事しか出来なかった
のですが、やりとりをしながら客観的に相
手を見ていくと、なんとなくこの先も変わ
らずにいる様子が想像出来てしまったので
した。

 

自分のことだと気付きにくくても、人のこ
とは割と冷静に見えて、自身を見直す良い
きっかけとなった為、青年にはとても感謝
しています。


なんとなく「変わるチャンス」というと、
自分の外から何かが私を変えてくれるよう
な印象もありますが、実際は外から得られ
るものはチャンスやきっかけであって、変
わるか変わらないかは自分が選ぶものでは
ないでしょうか。

 

なにかまわりの状況を変えたい時、まわり
の人の価値観やペースがあるので、すべて
のことを一気に思い通りに変えるのは難し
く、コントロールしようとすると逆に苦し
くなってしまうこともあります。

 

ただ、まず自分が変わってみると、まわり
が少しづつ変化していくことはそんなに珍
しいことではありません。

 

 

 

 

前回の誓いに関して、私は「大丈夫」誓っ
たことで、揺らいでいた気持ちが、ひとつ
の信念としてぶれない軸に変化したのでは
ないかと思っています。

 

 

 

4、5年前は、まだ死に向かって行動を起こ
してしまうこともありましたし、摂食障害
の症状も強く出ていて、仕事が終わると、
毎日過食嘔吐をするのが習慣となっていま
した。

 

どんなに体力的に、精神的にキツくても、
食費がとてもかかることや、何もせずにい
ると、今すぐにでも消えたくて仕方が無く
なったり、過食衝動に振り回されてしまう
ため、無理をしてでも仕事を詰め込んで、
そして耐えられずに自滅するという、悪循
環を繰り返していたのです。

 

当然、自分は生きている限り、この状況か
ら治らないと思い込んでいました。

 

しかし4年前の6月、福井に行き、治療家の
恩師と出会うことで、変化が起きます。

 

その時は直前に1週間、仕事が休みになる
ことが分かり、自分がコントロール出来ず、
悲惨な事になるのを恐れて、HPで目に留ま
った福井の施設に滞在することにしたので
す。

 

今思えば、なぜ行ったことの無い福井まで、
人に対して恐怖心があるなか一人、行けた
んだろうと思うのですが、不思議なもので、
HPの紹介文に妙に引きつけられたり、出張
を経験し知らない土地への抵抗が薄れてい
た時期や、休みと空き状況が合うなど、色
んな偶然が重なり、まるで必然の様に吸い
寄せられました。

 

そしてそこで、自分との向き合い方、無意
識の仕組みや、問題の解決の仕方を徹底的
に学び、初めて治る希望が見えたのです。

 

 

 

教わったことを実践していくと、自分の感
じ方や、まわりの人との関係が良好に変化
していきました。

 

問題に対処出来るようになってくると、衝
動自体が起きなくなり、滞在後、2週間に
一度、1ヵ月に一度、3ヵ月に一度…と過
食嘔吐が減っていき、過食しかけても、求
めているものは違うことに感覚的に気付け
るようになりました。

 

そうして劇的に状況が良くなっていきまし
たが、手放しに回復したとは思えず、まだ
まだ頑固な古い自分が残って、気持ちは揺
らいでいたのです。

 

 

私は生きている限り、苦しい。治らない。

 

 

人は、やっぱりそうだ。と思い込みを肯定
したい生き物なので、当然こういった思い
込みがあると、やっぱりそうだと認めたく
なる行動を起こそうとします。

 

 

 

その最後の最後の不安定、揺れ動く信念に、
決着をつけたのが、10月の宮島で宣言した
誓いでした。

 

「自分は大丈夫」と誓ったことで、それ以
降、自分を死に追いやったり、摂食行動に
振り回されたことはありません。

 

身の回りで起こる出来事や、自分自身の行
動が、やっぱり私は大丈夫だと思える方向
へ変化していったのです。

 

 

 

 

振り返って考えてみると、状況が変わる前
には、必ず自分の選択・行動が何かしらあ
りました。

 

変わる・問題を解決してくれるものは、外
から降ってくるものではなく、もう自分の
内側に備わっています。

 

「自分がどうしたいか」は自分で決めて良
いのです。